第四高等学校開学120周年記念イベント
学都の心を再び
本文へジャンプ

第四高等学校関連年表
*この年表は,「金沢大学五十年史:通史編」巻末年表,「四高八十年」巻末年表等を参考に,金沢大学附属図書館が作成したものです。

年号 月日 四高のできごと 校長 時代背景
1886 明19 11月30日 中学校令及び高等中学校の官制公布により,全国を5区に分割し,それぞれに高等中学校を設置することになる。北陸4県からなる第四区には第四高等中学校が誕生することになる。      明18 内閣制度が定められる。(第1次伊藤博文内閣)
1887 明20 4月18日 石川県専門学校(加賀藩校明倫堂及び維新後に設立された金沢中学校が前身)を前身として第四高等中学校が設立される。 初代:柏田盛文(1887年4月 - 1891年10月) 明19 帝国大学令
8月19日 金沢甲種医学校を併合して医学部を設置
10月26日 開校式を挙行。森文相臨席。有志者が「エンサイクロピジャアブリタニア」を設置記念に寄贈。翌日から授業開始。
1888 明21 4月 石川県甲種医学校校舎の一部で,医学部を開始。補充科を置く。
1889 明22 6月 新校舎(現在の石川近代文学館)起工 明22 大日本国帝国憲法発布
7月15日 第1回卒業証書授与式を挙行(木村栄ほか3名)
11月 毎年4月18日を本校記念日と定める。 明23 教育勅語発布
第1回衆議院総選挙
第1回帝国議会
1892 明25 4月1日 本校舎落成。広坂通の新校舎に移転 第2代:中川元(1891年10月 - 1893年1月)
9月 金色四稜星の帽章を定める
1893 明26 1月 学友会結成 第3代:大島誠治(1893年1月 - 1897年3月) 明26 北國新聞創刊
10月1日 時習寮開設
1894 明27 9月11日  高等学校令により第四高等学校と改称。また大学予科(修業年限3年)・医学部を設置 明27日清戦争
1895 明28 2月1日 医学部教官,生徒が「十全会」を組織し,妙慶寺で発会式を行う。 明28 日清講和条約調印
2月 北辰会結成。「北辰会雑誌]創刊
1896 明29 9月25日 四高帽章・制服を制定。白線四条に金色四稜星が校章となる 第4代:川上彦次(1897年3月 - 1898年1月)
1900 明33 9月 生徒への禁酒令 第5代:北條時敬(1898年2月 - 1902年5月) 明31金沢城内に第九師団司令部を設置
11月3日 三々塾(公認下宿)設置
1901 明34 4月 医学部を金沢医学専門学校として分離独立 明33 七尾線開通
9月 四高講堂を至誠堂と命名(彰仁親王による扁額の字面にちなみ)
1902 明35 4月 第1回寮歌選定(翅を張れる大鵬の…) 第6代:吉村寅太郎(1902年5月 - 1911年8月) 明35 石川県会議堂落成
1903 明36 3月 三寮(南中北)設置(舎監西田幾多郎教授) 明37日露戦争
1906 明39 3月 南寮火事,超然主義発生。「超然」創刊 明38 兼六園で旅順陥落祝賀会
日露講和条約調印
1907 明40 3月30日 第2回南下軍遠征,柔道優勝(「南下軍の歌」制作)
1908 明41 4月 寒潮事件(四高を舞台とした新聞連載小説に対する新聞不買運動など)
1909 明42 9月23日 四高校旗制定式 明43 大逆事件
1911 明44 5月 鉄拳制裁をめぐり生徒が対立。学校当局に抗議 第7代:溝淵進馬(1911年8月 - 1921年11月)
1912 明45 1月 茶寮(集会所)開設 明45 石川県立図書館開設
1914 大3 6月 構内の金沢医学専門学校附属建物を模様替えし,動植物及地質鉱物教室とする。 大3 第一次世界大戦始まる
11月 最初の「四高寮歌集」刊行
12月 第1回高専柔道大会で優勝(その後,7連覇)
1915 大4 10月 寮歌「北の都に秋たけて」選定
1917 大6 10月26日 創立満三十年記念式を挙行。記念事業として,寄附金等に依り,柔道・剣道・弓道の道場を兼ね備えた無声堂(現在は博物館明治村に移築・保存)を新築落成 大6 ロシア革命
1918 大7 12月6日 新高等学校令公布 大7 金沢で米騒動
1919 大8    大学予科を廃止し文科・理科よりなる高等科を設置。    
9月10日 制帽の白線を4条から2条に変更 大8 金沢に市電走る
1921 大10 3月 大学予科消滅
4月 学年暦を変更し,4月1日始業とする。 大10 第九師団シベリア出兵
10月10日 大正十年時習寮自治事件起こる. 第8代:武藤虎太(1921年11月 - 1931年1月) 大13 石川県庁舎落成式
1922 大11 12月 図書閲覧室及び同書庫新築 大14 治安維持法可決
普通選挙法成立
粟ヶ崎遊園開園
1923 大12 4月 第十臨時教員養成所付設
1924 大13 1月13日 社会思想研究会発足(同年11月解散)
1926 大15 5月 四高同窓会設立
1928 昭3 2月 時習寮自治制度確立
6月 同盟休校事件(思想問題続出)
1929 昭4 1月8日 構内の金沢医科大学附属薬学専門部の建物を引継ぎ,模様替し,本校の教室とする。 昭5 金沢放送局開局
金沢市立図書館開館
4月27日 大講堂等完成
4月 「広場」問題(文芸雑誌「広場」が左傾的であるとして発行禁止)
1930 昭5 3月17日 生徒主事,指導教官制度できる。
   反帝同盟に対する弾圧事件。20学生が検挙 昭6 満州事変始まる
1932 昭7    四高記念祭焼却祭(ファイヤーストーム)始まる 第9代:小松倍一(1931年1月 - 1937年8月)
1933 昭8 6月20日 腸チフス禍(寮生8名死亡)
四高ボート部全国初優勝
1934 昭9    北辰会プール完成
1935 昭10    対八高対抗戦中止
1936 昭11 7月30日 北辰会から構内のプールの寄贈を受ける。
1937 昭12 10月14日 創立五十周年記念式を挙行。記念事業として,寄付金等に依り,生徒集会所新築成る。 第10代:菰田萬一郎(1937年8月 - 1939年3月) 昭12 慮溝橋事件,日中戦争開始
  北辰会が四高創立50周年記念歌を募集し「ああ美はしの北の国」を選定 昭13 国家総動員法
1940 昭15 11月3日 北辰会を解散し,北辰報国団結成 第11代:岡上梁(1939年3月 - 1943年9月) 昭16 国民学校令
真珠湾攻撃,太平洋戦争開始
1941 昭16 4月6日 滋賀県琵琶湖で,今津から大津に向かった漕艇部のボート部員・OB合計11名が遭難
1942 昭17 11月 時習寮第50回記念祭 昭18 学徒出陣
1944 昭19 4月    石井校長の排斥を企てた栗ヶ崎血盟事件 第12代:石井忠純(1943年9月 - 1946年3月) 昭20 東京大空襲   
   学徒勤労動員通年制実施
1945 昭20 4月1日 授業停止 広島,長崎に原爆弾投下
ポツダム宣言受諾
日本無条件降伏
9月26日 学校再開
11月 石井校長排斥運動。同校長は翌年1月辞任
1947 昭22 10月 創立60年祭実施 第13代:鳥山喜一(1946年6月 - 1949年7月) 昭21 日本国憲法公布
1948 昭23 4月 時習寮史,同窓会名簿発行 昭22 石川県で第2回国民体育大会開催
1949 昭24 5月31日 国立学校設置法の施行による新制金沢大学の設置によって同大学に包括され,名称を「金沢大学第四高等学校」と改称。 第14代:伊藤武雄(1949年7月 - 1950年3月) 昭24 湯川秀樹ノーベル物理学賞受賞
1950 昭25 3月 四高最後の卒業式(第62回)挙行。閉校 昭25 朝鮮戦争始まる