岸重次による小泉八雲の東京帝大講義受講ノート

岸重次(元四高教授)が東京帝国大学英文科在学中に記した小泉八雲による英文学についての講義の受講ノート岸文庫の中に残されている(中央図書館特別資料室で保存)。1900(明治33)年、東京帝国大学英文科に入学後、八雲が退官する1903(明治36)年3月まで、2年7か月間、八雲による英文学の講義を受けた岸は、これらのノートを卒業後、以下の3種類8冊に合冊製本している(注1)。

岸重次による八雲の東京帝大講義受講ノート

岸重次による八雲の東京帝大講義受講ノート

八雲の受講ノートは複数存在するが(注2)、岸のノートには次の点で、他の受講ノートにない貴重なものとなっている。

・受講後大切な箇所には朱のインクで単語に下線を施し、欄外余白には特に重要な言葉などを記入
・八雲の退官後、後任で英文学の講義を行った、夏目金之助(漱石)、上田敏、アーサー・ロイドによる講義も記録

 

茶表紙
Lectures on English Literature, Vol.1 1900年10月~1901年11月
Lectures on English Literature, Vol.2 1901年11月14日~1902年5月22日 八雲の講義の後、上田敏の講義を筆記
Lectures on English Literature, Vol.3 1902年9月~1903年3月 八雲の最後の講義”Note on Whittier”の筆記あり

 

赤表紙
Special Lectures on English Literature, Vol.1 1901年9月 火曜の講義
Special Lectures on English Literature, Vol.2 1901年11月~1902年4月 金曜の講義

 

黒表紙
A History of English Literature, Vol.1 1900年
A History of English Literature, Vol.2 1902年 八雲の講義の後、アーサー・ロイドの講義を筆記
A History of English Literature, Vol.3 1902年 八雲の講義の後、夏目漱石の講義を筆記(注3)

 

岸のノートは筆記体により流麗に記されているが、これは受講生がノートを取りやすいように、八雲がゆったりとした口調で改行箇所やパンクチュエーション(句読点の位置など)を指示していたことによる。これに対して、漱石の講義の受講ノートは筆跡が乱れ判読が難しい。学生からの人気が大変高かった八雲の解任直後ということで、後任の漱石に好感を持った学生は多くなかったようである。なお八雲が東京帝大を去った理由について岸は、「ラフカディオ・ハーン先生の追憶」という文章の中で次のように書いている(岸, 1951)。

 

勤勉で学生にも親切な先生がなぜに1903年3月急に東大を去れたかというに時の井上[哲次郎]学長の説明に 先生は帰化して日本人で小泉八雲と名のっています。かかる日本人に外国人に給すべき多額のほう給を与えることは不都合だという大学内部の激しい議論によるものだと

 

この文章には八雲の風貌や人となり、授業の様子なども具体的に記されており、この記録自体が貴重な資料となっている。この岸による受講ノートは、八雲と漱石の講義を対比しながら、当時の東京帝国大学英文科の講義の様子を間接的に感じ取ることのできる、大変貴重な資料といえる。

 

これらの講義受講ノートに加え、岸が編集し出版した八雲による講義録には次の本がある。

Lafcadio Hearn’s Lectures on Tennyson / [Lafcadio Hearn] ; compiled by Shigetsugu Kishi. Tokyo : Hokuseido Press, 1941

この本は、岸が四高を退官する際に出版した、八雲によるテニソンについての講義録で、染村(1989)によると、八雲による詩の購読に関する講義で出版されたものはこの本だけである。なお四高蔵書として所蔵している資料は、岸が寄贈したものである。

 

注1)3種とも背の金文字が”Rafcadio”と誤記されている。正しくは”Lafcadio”。
注2)八雲による東京帝国大学での講義録については、雑誌への掲載も含め多数出版されている。その情報については、染村(2001)がまとめている。
注3)八雲の講義筆記の後に青鉛筆で「Hearn先生以上の講義を終わりて再び帝大に来られざりき(明治三十六年三月下旬)」と記されている。漱石の講義は”General Conception of Literature”というタイトルで、その内容は、漱石の死後の1924(大正13)年に『英文学形式論』として刊行されている。

 

参考文献

・上田正行「ハーンの帝大解任の事情:漱石を視野に入れつつ」『金沢大学文学部論集:文学科篇』10, pp.1-12, 1990. http://hdl.handle.net/2297/5212(参照 2026-02-09)
・梶井重明「夏目漱石の東大最初の講義録 岸重次のハーン講義受講ノートの中より発見(蔵書散策第6回)」『金沢大学附属図書館報こだま』139,pp.6-7,2000. http://hdl.handle.net/2297/3041(参照 2026-02-09)
・金沢大学資料館編「金沢大学附属図書館蔵小泉八雲関係資料」『金沢大学資料館だより』16,pp.4-47,2000. http://hdl.handle.net/2297/2308 (参照 2026-02-13)
・金子三郎編『記録東京帝大:学生の聴講ノート』リーブ企画, 2002. 【中央図書庫 930.4:K59】
・岸重次「ラフカディオ・ハーン先生の追憶」『北国文化』61, pp.50-51, 1951. 
・染村絢子「東大講義」『へるん』26,pp.7-12,1989.
・染村絢子「小泉八雲と周囲の人々」『金沢大学資料館紀要』2,pp.7-47,2001. http://hdl.handle.net/2297/1745 (参照 2026-02-05)
・染村絢子「小泉八雲と岸文庫」『金沢大学附属図書館報こだま』100,pp.10-13,1991. 

・夏目漱石述;皆川正編『英文学形式論』岩波書店,1924. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/943291 (参照 2026-02-09)