私を支えてくれている言葉(金大生のための読書案内 第41回)

 

大塚 浩史先生(理工研究域数物科学系)

 

 

 どちらかというと、余り読書をしなかった子供だったと思います。意識して読書するようになったのは、大学生になってからです。その時々に気になった本を、特にジャンルを問わずに手にしてきました。現在は、読書時間を得るためにバス通勤を選ぶほど、若干活字中毒になってしまいました。今回は、今なお私を支えてくれている言葉を目にした図書を紹介します。これらが、同じように誰かの役に立ったら嬉しく思います。


1.『中島敦』/ 中島敦著; ちくま日本文学 012, 筑摩書房, 2008.3 (中央図開架913.6:N163)
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 中島敦の名前を憶えていなくても、多くの高校の現代文の教科書に採り上げられている「山月記」という作品の名前を憶えている人も多いのではないでしょうか。「己の珠に非ざることを惧れるが故に、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。」(p.31)。私も高校の授業で出会ったのですが、授業を忘れて読み耽ってしまったことは記憶に新しいです。本書に収録されている「悟浄出世」「かめれおん日記」も、そんな私を助けてくれました。

 

2.東周英雄伝3(全3巻)/ 鄭問 著 ; 徳田隆訳, 講談社, 1994-1995, (中央図開架726.1:T262:3)

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 中国の春秋戦国時代に活躍した英雄の逸話を美しい絵で描いた全3巻の中の1冊です。全巻お勧めですが、第3巻には、しばしば読み返す「工匠思想家」の章が含まれています。この思想家とは、兼愛(本書では博愛)、非攻を説いた「墨子」のことです。次の場面は、先生である墨子と弟子の耕柱子の対話です:「先生 私は自分に厳しくあるつもり なまけたことなどありませぬ なぜ私を責めてばかりおられるのですか?」「もしお前が遠方に行かねばならぬとして 車を引くのに千里を走る馬と牛と一頭ずつあったならば どちらを鞭で急がせるかな?」「は?もちろん千里馬ですが」「ではなぜ千里馬を選ぶ?」「千里馬こそその責を全うできるからです!」「私も お前こそ責任を全うできると考えているのだ」(同話10-11ページ目)。これを週刊モーニングで読んだのは1993年の悩める博士後期課程学生の頃だったと思います。出典は墨子耕柱編の逸話です(森三樹三郎訳ちくま学芸文庫版「墨子」ではp.180)。墨子については、手に入りやすい所では、「孔子伝」(白川静著、中公文庫)の第4章でも詳しく取り上げられています(このことは、数物科学系の小原 功任先生に教えていただきました)。非攻を旨とする墨子の教団である墨家の活動は、漫画や映画にもなった「墨攻」(酒見賢一著、新潮文庫)でも知ることができます。

 

3.『ブラームスの「実像」 : 回想録、交遊録、探訪記にみる作曲家の素顔』/ 日本ブラームス協会編 , 音楽之友社, 1997.11, (中央図開架762.34
B945)
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 作曲家ブラームスの評伝ですので興味を引きにくいかもしれませんが、進歩的な考え方を持っていたブラームスの多くの逸話は、私のような愛好家でなくても楽しめると思います。例えば、本書の扉(!):「君は仕事の仕方を学ばなければいけない。毎日毎日たくさん書かなければいけないんだよ。そして自分の書いたものが、いつでも意味のあるものだなどと考えてはだめなんだ。まず書くことありき。私は君の作品全部を見たいわけではないんだよ。あの赤々と燃える暖炉は何のためにあると思うかね!“使える”作品ができるまで何度も書くんだ。」。これは、ブラームスの弟子が師の思い出としてその言葉を記したものです。ボルヘスはブラームスの精神を「fuego y cristal」(炎と水晶, 鼓直訳)という言葉で詩の中で讃えていますが、これは私の目標です。

 

4.『かくかくしかじか 2(全5巻)/ 東村アキコ 著 ; 集英社, 2012.7-2015.3, (中央図開架726.1:H634:2)
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 著者が高校生の時に通っていた絵画教室の日高先生との出会いから死別までを描いた、自伝的漫画全5巻の第2巻です。厳格な指導の日高先生が繰り返し生徒に叫んでいた言葉が、ブラームス同様、「描けッ!」です。本巻では、スランプに陥っていた著者の自宅に乗り込んできた日高先生が自画像を描かせようと次のように叫びます:「余計な事考えんでいいから見たまんま描け」「ホラホラホラホラーッ!描け描け描け鏡見て描けーッ!」「ホラホラ早よッ早よ描け早よ」「ホラホラホラ」「ホラ」「描けッ!」(p.60-p.61)。東村アキコさんは宮崎県出身で金沢美術工芸大学に学びました。勿論全巻通して読むことがお勧めですが、本巻は丁度大学受験の様子に始まり大学生活を送っている巻であり、特に宮崎や金沢の風景で溢れています。宮崎大学から金沢大学に異動した私と、共に行動した私の家族にとって、沢山の馴染みある風景に触れられる大切な漫画でもあります。

 

5.『量子力学と私』/ 朝永振一郎著 ; 江沢洋編,  岩波書店, 1997.1, (中央図文庫・新書I420.8:T661)
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 滞独日記1938年11月25日「ゆうべはまた不眠である。それが実に下らない(中略)考えからだ。書くだけかいておく。ワタナベがベルリンに行ったのは、ワイツェッカーに会いに行ったのだろうとふと思ったのだ。エントロピーの仕事が大変面白いのでハイゼンベルクがワタナベに、是非ワイツェッカーとディスカスせよと言った結果、彼はベルリンに行ったのであろう、とこんな考えがふとうかんで、それから例によって、己が身に引き比べて、ねられなくなったのである。」(p.156-p.157)。ノーベル物理学賞を受賞したあの朝永の32歳の頃です。これを読んだとき、私はまだ30歳の手前でした。

 

6.『ブッダ・ゴータマの弟子たち』/ 増谷文雄 著,(現代教養文庫, 1618)社会思想社, 1997.11, (中央図開架182.8:M424)
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 「チューラ・パンタカよ、なんじは、なんにも覚えないでもよい。ただ、この布切れをもって、人々の履物を浄めることに専念するがよろしい」(p.224)。チューラ・パンタカ(周利槃特)は、賢い兄の勧めで出家したのですが、余りの物覚えの悪さから、多くの人に軽んじられ、自分でも失望していたそうです。それでも、ブッダ・ゴータマ(釈迦)は上のように声をかけたとのことです。この話を含め、本書は「テーラガーター(長老偈経)」や「ジャータカ(本生譚)」といったお経にある逸話を読みやすく再構成したものです。

 

7.『終わりと始まり. 改訂』/ ヴィスワヴァ・シンボルスカ著 ; 沼野充義訳, 未知谷, 2002 (中央図開架989.8:S999)
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 漸く2006年に大学教員の職を得て業務にも馴染んできた2011年3月11日、私は福島県福島市で研究集会に参加していたときに東日本大震災に遭いました。もともと立ち寄る予定だった福島市内の妻の実家に身を寄せ、停電の中、水汲みを手伝いながら数日を過ごしました。原発が爆発して緊迫した中、電気が再開したことで、15日に福島空港から出る飛行機の便の情報を入手し、福島から大阪、大阪から宮崎、という航空券をインターネットで首尾よく購入できて、当時住んでいた宮崎に戻ることができました。しかし、帰宅に協力してくれた妻の家族、帰路で見た被災者の列、福島駅前の公衆トイレの惨状、ここに来れば飛行機に乗れると思ってガラスが割れた福島空港に集まった膨大な数の人、それを横目に易々と保安検査所に入った自分、…。これらに折り合いがつかず、帰宅した後もしばらく精神が不安定でした。そのような時期に目にしたのが、池澤夏樹氏のコラム「始まりと終わり」(朝日新聞、2011年4月9日)に紹介されていた詩の一節です:「またやって来たからといって/春を恨んだりはしない/例年のように自分の義務を/果たしているからといって/春を責めたりはしない/わかっている 私がいくら悲しくても/そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと」(「眺めとの別れ」より。p.47-p.48)。冷静さを取り戻せたと思っています。その後私は、2024年1月1日に再び大地震を体験しました。中島敦の「悟浄出世」の中の、悩める悟浄(河童の沙悟浄)に観音菩薩が諭す次の箇所も思い出されました:「まずふさわしき場所に身を置き、ふさわしき働きに身を打込め。身の程知らぬ「なぜ」は、向後一切棄てることじゃ。」(1.p.401)。

 

8.『自動車の社会的費用/ 宇沢弘文 著,岩波書店, 1974.6, (中央図文庫・新書S685.1:U99)

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 出版されたのは私が小学生の頃ですが、読んだのは2023年のことでした。大学院時代の恩師の喜寿のお祝いの宴席で、先生が著者について触れたことを切掛けに、まず手に取ったのが本書でした。「しかも日本の社会のように、市民の基本的生活を豊かにするという目的のもとに道路の建設が行われるというよりは、むしろ自動車通行を便利にするということに重点がおかれてきたところでは、自動車通行が市民生活に与える被害はもはや無視できないものになっている。」(p.4)。本稿を準備する途中で知りましたが、朝永の愛猫も交通事故で亡くなったそうです。本書を貫く炎のような怒りに震撼させられました。

 

9.『ホロコースト後のユダヤ人 : 約束の土地は何処か』/ 野村真理 著,ちくま学芸文庫, 筑摩書房, 2025.9, (中央図開架316.88:N811)
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 混沌とする世界情勢を目の当たりにして手に取った一冊です。引用するのは残念ながら著者の言葉ではありませんが、「もし、アメリカ合衆国及びその他いくつかの国々の移民法があれほど制限的でなければ、(中略)、イスラエルという国家が設立されなかった可能性すらある。」(p.14)このような見方すら知らなかった私は、本書に描きだされた事実に衝撃を受けました。シンボルスカを生み友人もいて共感をもっていたポーランドという国の歴史の暗部、ヨーロッパの闇の深さを思い知らされました。なお、著者は本学の名誉教授です。

 

10.『小数と対数の発見』/ 山本義隆 著,日本評論社, 2018.7, (中央図開架410.2:Y19)
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 最後に、私の専門である数学に関連する図書を紹介したいと思います。当たり前に使ってきた小数の概念に至るのにも人類は大変な迷路を辿ったこと、対数という概念が三角関数の積和公式を用いた計算法を追求して得られたことなど、人の思考の多様さ、豊かさに驚かされると共に、今後、「このように考えるのが自然である」と安易に口にすることが憚られる思いにさせられました。「当時のイギリスの大学として有名であったオクスフォードとケンブリッジは、支配エリート養成のためのもので、古典教育を主とし、数学や自然科学は重視されていなかったし、まして技術などはまったく関心の外にあった。」(p.212)。これ自体は、16世紀後半の両大学の教育の遅れを指摘する個所ではありますが、現在の私自身の立場も、先人の努力と周囲の理解(思惑?)の賜物と悟らされた次第です。

 

 

 

 

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