生田省悟教授(環境思想の立場から)

平成21年5月8日~10月12日 中央図書館で展示されました

 環境思想の立場から

生田省悟教授(人間社会学域-法学類長)

  

 環境法や環境政策あるいは環境技術というのなら、それなりにイメージも湧くのでしょうが、環境思想とは何か。単純にいえば、環境にかかわることなら見境なく首を突っ込み、それらの根幹をいちいち見きわめずにはいられない、欲ばりな(そして、いくぶん節操を欠いた)領域だと、わたしは勝手に決めつけています。ただ、環境の時代といわれる今日、環境には声高な「正義」がまかりとおってしまう危うさがあること、また、響きの良い言葉であるがゆえに、「エコ」にはわたしたちの思考を情緒的で上滑りなものにしかねない胡散臭さがつきまとっていること、には気をつけたいところです。同時に、環境が理念として語られるだけでなく、政治的駆け引きや利益追求の道具として利用されていることも忘れてはならないでしょう。
 環境問題は単に自然環境劣化の問題にとどまらず、さまざまな事象、たとえば価値観、生活様式、社会経済体制、グローバル化などへの鋭い問いを孕んでいるということができます。だとすれば、環境、ひいては人間と自然との関係性をめぐる考察は、結局のところ、「場所」と「文化」の問題につながってくるのかもしれません。迂遠な方法といわれるにせよ、それぞれの風土・歴史によって育まれる暮らしのありようや相異なる社会状況を認識し、検証に努めることではじめて、環境問題に対処する道筋が見えてくるかもしれないし、協同の視座を構築することができるようにも思われます。
 いうまでもなく、環境関連の書籍はごまんとあるし、情報や言説も氾濫・錯綜しています。それを承知で、今回はやや古いものばかりですが、環境を「場所」と「文化」の視点から考えようとするとき、確実な指針となるであろう本を選んでみました。

1. 海を渡った日本語 : 植民地の「国語」の時間 / 川村湊著 , 青土社 , 1994.12 (図開架 810.9:K22))

 英語帝国主義ならぬ日本語帝国主義――「日本語」が植民地主義に果たした意味・役割の諸相とその残響にかかわる「教化/同化」のイデオロギー分析は注目に値します。その論議を敷衍すると、環境に対するグローバルな取り組みを喧伝する背景に「・・・帝国主義」を支える「言葉の力学」が見え隠れするような。本書を知ったのは、知里幸恵『アイヌ神謡集』(岩波文庫)の序で、このアイヌの少女がなぜ自民族の、そして自然と折り合う暮らしの衰亡を書いたのか/書かされたのか(しかも日本語で)を考えていたときでした。

2. 証言水俣病 / 栗原彬編 , 岩波書店 , 2000.2 (図開架 S519.2194:S559)

 水俣病被害者・患者10名の発言を収録したもの。公害=有機水銀汚染によって引き起こされたすさまじい病苦と死、差別と偏見、救済を求める闘い。本書に通底する連続性の分断、つまり、海が壊れると、いのちも暮らしも壊れてしまう現実、そしてそれを身をもって体験したみなさんの証言には、ときとして言葉を失ってしまうほどの深みと重みがあります。未だに決着を見ない水俣病がわたしたちに突きつけている問題のありかを探るための有意な手がかりを発見できるでしょう。

3. マングローブの沼地で : 東南アジア島嶼文化論への誘い / 鶴見良行著 , 朝日新聞社 , 1994.3 (図開架 302.23:T882)

 日本と東南アジアは古くから交流があるし、現在も密接な関係を結んでいるのはいうまでもありません。しかし、わたしたちは東南アジアの風土や人びとの暮らしについて、どれほどの知識をもっているでしょうか。本書は、マングローブという環境・場所におけるフィールドワークを通じて獲得された知見、「移動分散型社会」の意味を伝えるものです。それは同時に、もっぱら「農作社会」なる固定観念に依拠した歴史・文化理解を批判する精神に裏打ちされてもいます。

4. 環境哲学への招待 : 生きている自然を哲学する / 西川富雄著 , こぶし書房 , 2002.4 (図開架 519:N724) 

 環境破壊の原因をたどってゆくと近代科学技術の誕生に行き着くとは、しばしば指摘されることがらです。現代の状況を正面から受けとめつつ、「西欧近代化」とは何であったのか、何をもたらしたのかを根本から問い直す試みが、さまざまな形で実践されてもいます。本書もそうした系譜に位置づけられるでしょう。全10講の講義ノート形式から成る本書は、環境哲学(環境思想)が取り上げるべき問題領域を俯瞰するのに最適な入門書にほかなりません。

5. 人間と自然界 : 近代イギリスにおける自然観の変遷 / キース・トマス著 ; 中島俊郎, 山内彰訳, 法政大学出版局 , 1989.8(図開架 204:T458)

 人間と自然との関係性の再考察は、環境をめぐる思索の大前提だといってさしつかえありません。本書はイギリスで自然がどのように受けとめられてきたのか、つまり、自然観や人間優位の思想がどのように形成されてきたのかを、初期近代を出発点にして丹念にたどっているものです。知識人の思弁のみならず民衆の俗信にいたるまで、おびただしい文献・資料を渉猟した議論、該博な知識には思わず引き込まれてしまうことでしょう。西欧の自然観のあらましを知るうえでも必須の一冊です。

6. ネイチャーズ・エコノミー : エコロジー思想史 / ドナルド・オースター著 ; 中山茂 [ほか] 訳 , リブロポート , 1989.11(図開架 468:W931)

 相対立する言葉・概念のように思われながら、エコロジーがエコノミーに由来するとは、もはや常識の部類に属しています。また、エコロジーの先駆けとみなされうる「自然のエコノミー」は17世紀中葉にイギリスで誕生した言葉です。本書はそうした歴史を踏まえながら、現代エコロジー思想の直接の源流を18世紀における博物誌研究の動向ふたつに求め、それらがどのように交錯しあいながら現代につながってゆくかを論じたもの。昨今もてはやされる「エコ」の成り立ちを的確に理解するための糸口となるはずです。

7.  トポフィリア : 人間と環境 / イーフー・トゥアン著 ; 小野有五, 阿部一共訳, せりか書房 , 1992.1 (図開架 290.1:T883)

 「トポフィリア」を直訳すると、「場所に対する愛」とでもいうのでしょう。 アメリカの著名な現象地理学者の手になる本書では、人間がそれぞれに感覚・知覚を通して環境を認知し、環境との固有の関係を結び、環境観を形成してゆく諸相が縦横に論じられています。とはいえ、その基本的な立場、つまり、人間の生を人間が配置され、「個人的に知ることができる」具体的な空間・環境からは分離しえないとの認識に揺るぎは見られません。

8.  脱「開発」の時代 : 現代社会を解読するキイワード辞典 / ヴォルフガング・ザックス編 ; イヴァン・イリッチ他著 ; 三浦清隆他訳,晶文社 , 1996.9 (宮本文庫 304:D234)

 20世紀は「開発」の時代であったといえるでしょう。そして、「開発」がもたらす諸課題の打開策として提案されたのが、あの「持続可能な開発(発展)」にほかなりません。しかしながら、「開発」が孕む矛盾を論じるのであれば、それと密接に関わる諸領域の洞察・検証が不可欠なはずです。本書では「環境」、「平等」、「人口」、「市場」、「国家」など、19のキイワードが設定されており、「開発」の思想を乗り越える試みが意欲的かつ多角的に展開されています。

9.  アース・デモクラシー : 地球と生命の多様性に根ざした民主主義 / ヴァンダナ・シヴァ著 ; 山本規雄訳 , 明石書店 , 2007.7(図開架 304:S558)

 本書は、グローバル化に本質的に内在する暴力性、つまり、先進国の途上国に対する文化的・経済的支配・抑圧の構造を看破し、それに替わるものとして、「生命中心の文化」に基づく「民主主義」を構想したもの。批判的精神が繰り出す舌鋒鋭い現状分析とどこまでも熱い理想主義をどう受けとめればよいのでしょうか。グローバル社会に生きるわたしたちの課題にちがいありません。インド人である著者は、環境問題のみならず、グローバル化がもたらす多様な社会問題に取り組んでいることで知られています。

10. たのしく読めるネイチャーライティング : 作品ガイド120 / 文学・環境学会編著, ミネルヴァ書房 , 2000.10 (図開架 930.2:T167)

 人間と自然との関係性を前景化し主題とする文学、また、その関係性を軸にして読み直しが求められる文学作品は「ネイチャーライティング」あるいは「環境文学」と呼ばれています。このジャンルは比較的新しく、80年代になってから構想されたものです。本書は、文字通りの読書ガイド。英語圏の作品100篇、日本語の作品20篇について、その概略・意義・文献案内が記されているほか、 キイワードに関するコラムや年表もあります。想像力が織りなす言葉の世界への楽しい道案内となってくれるでしょう。