尾島茂樹教授(今回は「ちょっと違った」金大生のための読書案内)
平成22年9月30日~平成23年1月9日 中央図書館で展示されました
平成23年1月18日~6月16日 医学系分館で展示されました
今回は「ちょっと違った」
金大生のための読書案内
尾島茂樹 教授(大学院法務研究科)
「金大生のための読書案内」も今回で7回目を数えます。今まではそうそうたる先生方がそれぞれの専門分野を踏まえ、金大生に対し読書への熱い思いを伝えておられます。そして、この7回目となった訳ですが、今回は、少し趣を変え「ちょっと息抜き」をして、とにかく活字を読んでみようということからはじめることにさせていただきます。ちょうど7回目で、「ラッキー・セブン」ですので、こんなことも許されるかと考えた次第です(許していただければ、ラッキーです)。
実は、共通的科目として1年生向けに授業を開講した数年前に、ある学生が予習をしておらず(私は、2単位の科目が、120分(現在は、どの大学も少々サバを読んで90分)の授業時間に加え、それと同じ時間の予習・復習を前提として15回実施される、という「単位の実質化」を、ずっと実践しています)、その理由を尋ねたところ(ようするに、「なぜ予習をしていないのか」と聞いたのです)、予習を指示していた判例集について「頁がこれだけ字で埋められていると読む気がしない」と答えたことに愕然としました。たしかに現在は、普通の書籍でも、改行が多く(極端なものは、一文ごとに改行しているような)、余白が多い本の方が売れるそうです。後は、売れるのはマンガでしょうか。そのような学生は、もちろん新聞も読まないのでしょう。なんとなく、最近は、小学校の教科書も「余白だらけ」になってきたような気もします。
しかし、読書の楽しみさえわかれば、このような学生の「活字への抵抗感」はなくなるのではないでしょうか。そのような観点から、今回は、とにかく楽しく読めるように、そのための「読書案内」も心がけることにしました。もちろん、大学の貴重なPR媒体を使って案内をさせていただく以上、本来の趣旨にも適ったものにもせざるを得ません。そこで、最初の5冊は私の専門である「法学」からの紹介、次の4冊は私の専門ではありませんが、大学生が興味がわくような他の専門分野?からの紹介、そして最後の4冊は「息抜き」を兼ねて(あくまで「兼ねて」いるだけで、「息抜きオンリー」でもありません)紹介させていただくことにします。全部で13冊となったのは、単に、私が13という数字が好きなことに由来しています(といっても、本文中に掲げた本を加えれば、倍以上になってしまいましたが)。
また、念のため付け加えておきますと、ここで紹介している本の内容について私が全面的に賛成であるとか、内容が正しいことを保証するとか、といったことは全く含意されていません。本というものは、各人が読んで評価すればよいのです。そのためには、すべての人が常に様々な本にアクセスできることが非常に重要です。かつて実際に行われたような、そもそも本の内容が気にくわないからといって焚書のようなことは絶対にすべきではないのです。もちろん、若年でまだ判断能力の乏しい者にとって「有害」な図書を若年者から遠ざけるということは必要です。しかし、すでに大学に入学しているような大人、あるいは社会人には、このような措置は全く必要ありません。自分で考え、判断すればよいのです。
なお、今回は、ラッキーな7回目という特殊な?事情があったのでこのような路線になったに過ぎません。そこで、次回からは、元のようなちゃんとした「まじめな」読書案内に戻る予定です(8回目以降の先生、よろしくお願いします)。
1.自分で考えるちょっと違った法学入門 / 道垣内正人著, 有斐閣 , 2007.2
2.役人学三則 / 末弘嚴太郎著, 日本評論社 , 1980.5
本題に戻る。この本に収められた文章は、いずれもかなり古いものではあるが「法とは何か」を考えるのに大いに役立つ。とくにこの本に収められた「嘘の効用」は、いろいろなところで応用が利くのではないか。嘘はいろいろなところにある。自然科学でも同様である。摩擦や空気抵抗がゼロの世界(物理学)、面積のない点、線の存在や、∞、虚数(数学)……。法学にも「嘘」がある。
③法律における理窟と人情 / 我妻榮著, 日本評論社 , 1955.5
④民法風土記 / 中川善之助著 , 日本評論社 , 1965.1
3.ある法学者の軌跡 / 川島武宜著, 有斐閣 , 1978.7
⑤彼の歩んだ道 / 末川博著, 岩波書店 , 1965.10
⑥ときの流れを超えて / 星野英一著 , 有斐閣 , 2006.9
⑦紛争解決と規範創造 : 最高裁判所で学んだこと、感じたこと / 奥田昌道著, 有斐閣 , 2009.12
4.民法のもう一つの学び方 / 星野英一著, 有斐閣 , 2006.2
さらに民法関連でいえば、⑧米倉明『民法の教え方(増補版)』(弘文堂)、⑨米倉明『民法の聴きどころ』(成文堂)も有用である。前者は、「教え方」と題されれているものの、「学び方」にも大いに参考となる本である。
⑧民法の教え方 : 一つのアプローチ/ 米倉明著, 弘文堂 , 2003.9
⑨民法の聴きどころ / 米倉明著, 成文堂 , 2003.4
5.市民社会と「私」と法 : 高校生のための民法入門 / 大村敦志著, 商事法務 , 2008.5
以上で「法学」関連の紹介を終えますが、宣伝を1つお許しいただきたいと思います。法科大学院は、司法制度改革の一環として平成16年に発足した専門職大学院です。世間にはまだまだ誤解があるようですが、法科大学院は、法学部(法学関係の学士課程)以外の大学卒業生にも門戸を開いています。数年前、高校の先生との懇談会に出席した際に、法科大学院への進学は法学部からでなければならない(法科大学院への進学は、法学部への進学が前提となる)という認識が高校の進路指導の先生から聞かれました。しかし、この認識は間違いです。法曹界に多様な人材を得るため、法科大学院は法学部以外の学部出身者や社会人から優秀な人材を得ようとしています。以上に紹介した本を読んで、法学に興味を持った法学を専門としない優秀な学生が法科大学院への進学を希望していただけるとよいのですが……。
6.「ご冗談でしょう、ファインマンさん」 : ノーベル賞物理学者の自伝 I, II / リチャード・P.ファインマン著; 大貫昌子訳 , 岩波書店 , 1986.6-7
7.浮気人類進化論 : きびしい社会といいかげんな社会 / 竹内久美子著, 晶文社 , 1988.5
竹内久美子さんの著作については、すべてをこのように説明できるのかといった批判もある。たしかに、竹内さんの著作は、多くは論文として書かれているわけではなく、論拠としても確実とはいえないのかもしれない。しかし、動物行動学を素人にも分かりやすく紹介し、一般に広めた功績は、否定できないのではないだろうか。ちなみに、続編も次々に発行されているし、週刊誌の連載も続いている。また、生物学の分野には、⑩H.シュテュンプケ(日高敏隆=羽田節子・訳)『鼻行類』(平凡社ライブラリー)という驚くべき本も出版されていることを付け加えておく(何が驚くべきかは、この本をお読みいただければ、わかる。法学でこれをやったら、……。そもそも出版できるのだろうか)。
⑩鼻行類 : 新しく発見された哺乳類の構造と生活 / ハラルト・シュテュンプケ著; 日高敏隆, 羽田節子訳 , 博品社 , 1995.9
8.若き数学者のアメリカ / 藤原正彦著, 新潮社 , 1977.11
この本が扱っている時期は、かなり前のアメリカではあるが、これから留学しようとする人にとっても参考になるだろう。ちなみに、藤原先生のエッセイ集は、この後も数冊刊行されている。この本で興味を持った人は、あわせてどうぞ。
⑪国家の品格 / 藤原正彦著, 新潮社 , 2005.11
9.われ笑う、ゆえにわれあり / 土屋賢二著, 文藝春秋 , 1997.11
「笑い」が脳を活性化するということがわかっている。脳が活性化すれば、勉強もはかどることであろう。皆さんもこの本で、苦笑、失笑、嘲笑、冷笑をして、大いに脳を活性化できるのではないか。もちろん爆笑(「満点大笑い」?)でも可である。ちなみに、土屋先生のお笑いエッセイ集は、この後も刊行されているし、週刊誌の連載も続いている。この本で興味を持った人は、あわせてどうぞ。
10.すべてがFになる : The perfect insider / 森博嗣[著] , 講談社 , 1998.12
私が森先生の本を好んで読んでいるのは、森先生が教鞭をとっておられた国立N大学を私が卒業しているからではない。この本から始まるミステリのS&Mシリーズ、Vシリーズ、Gシリーズを始め、大学教員の生活を描いた実録?水柿助教授シリーズなど、すぐに引き込まれる物語、魅力的キャラクターが目白押しだからである。
11.火車 / 宮部みゆき著, 新潮社 , 1998.2
⑫理由 / 宮部みゆき著, 朝日新聞社 , 1998.6
⑬魔術はささやく / 宮部みゆき著, 新潮社 , 2008.1
12.殺人の門 / 東野圭吾 [著] , 角川書店 , 2006.6
この本は、物語の中で数々の悪質商法を扱っている。東野圭吾さんは、著作の中で、けっこう悪質商法を登場させるし、法的な問題も扱っている。ということで、ガリレオ・シリーズもよいが、少しでも勉強を兼ねた息抜きとして、この本を挙げた(ただし、読後感は「ちょっと(かなり?)暗い」。落ち込むのがいやな人は、避けた方がよいかも)。もちろん、その他の本も非常におもしろい。ただし、大学生としては、「息抜き」が勉強の邪魔にならないように気をつける必要がある。
なお、乱歩賞作家の本には法律を題材にしたものも多い(ミステリだから、いわば当たり前ともいえるが)。弁護士でもある和久峻三さん、中嶋博行さんは当然としても、真保裕一さん、最近では薬丸岳さんも興味深い題材を扱っている。
13.十角館の殺人 / 綾辻行人[著] , 講談社 , 2007.10
この他、⑭倉知淳『星降り山荘の殺人』(講談社文庫)にも驚かされた。実は、私は、この本をアメリカ滞在中に読んだ。そのせいで日本語の理解力が落ちていたのではないと思うのだが(当時は、ごくたまに読む小説以外に、日本語の文章を読む機会がほとんどなかった)、最後の謎解きの部分で、最初は何が起こっているのかさっぱり理解できず、少し考えてやっと作者の仕掛けた罠に見事にはまり、ずっと騙されていたことに気づいたのであった。
ということで、ミステリ小説を読むのは、非常に楽しいのだが、1つ忘れてならないのは、これも勉強を兼ねているということである。新本格ミステリでは、上に述べたように、作者がちりばめた手がかりにしっかり気づき、きちんと処理した上で、論理的に組み立てることにより結論を導く。これは、大学での研究(勉強)に通ずるものである。従って、これを読むのも「勉強を兼ねた息抜き」(息抜きを兼ねた勉強)なのである。
⑭星降り山荘の殺人 / 倉知淳 [著] , 講談社 , 1999.8
ご覧の通り、今までの先生方とはかなり違った「読書案内」となってしまいました。附属図書館長やその他の関係者の「検閲」により、企画の趣旨と違う、大学の教員の文章とは思えない、あるいは大学としてこのようなものはホームページに載せられない、などという理由でこの原稿がボツにならないよう切に望みたいと思います。(いま、皆さんに、この文章を読んでいただけたということは、お許しが出たということです。ご寛容に感謝します!)
ただ、私は、自分の専門である民法の条文をいくつか記憶している。しかし、これは、決してそれを目的として暗記した結果ではなく、条文を何度となく読み、また日々関連する書籍等を読み、それをもとに考えたりして、自然と頭に入ってしまったものである。暗記しようとして覚えているのではない。
それでは、法学の勉強は何をやるのか。それに「ちょっと違った」形で答えているのがこの本である。法は一定の「紛争」を前提としている。とくに人間と人間との争いでは、お互いに話し合いで納得して解決できてしまえば、法はいらないともいえる。納得できなければ法の出番である。しかし、果たして「法」とは何であろうか。あるいは、何が「法」なのか。「法」はどうあるべきなのか。この本を読んで、改めて考えていただきたい。
なお、ここで挙げた道垣内正人先生は、「国際私法」がご専門である。ちょっとわかりにくいが、たとえば、日本人の男性とX国人の女性がY国で婚姻する場合に、どこの国の法律に基づいて法的に正式に!婚姻することになるのか、というような問題を扱う分野である。その他、法学では様々な専門分野がある。「法哲学」もかなりおもしろい。興味のある人は、①長尾龍一『法哲学入門』(日本評論社)から読んでみよう。さらに、外国の法もおもしろい。新しいものでは、②樋口範雄『はじめてのアメリカ法』(有斐閣)が外国法への興味をかき立てるのではないか。法学には他にも様々な学問分野がある。興味を持った人は是非ご一読を。
①法哲学入門 / 長尾龍一著, 日本評論社 , 1982.4
②はじめてのアメリカ法 = Inspiring American law / 樋口範雄著, 有斐閣 , 2010.2