堀井祐介先生(自分、家族、社会を考える読書)

平成25年7月8日~11月5日 中央図書館で展示されました
平成25年11月8日~平成25年4月3日医学図書館で展示されました

自分、家族、社会を考える読書
-キーワードは「北欧」-

堀井 祐介先生
(大学教育開発・支援センター副センター長)

 今回は、高福祉国家として知られるデンマークを中心に、社会や家族のことを考えるものとして「社会(福祉、ジェンダー)」関連図書を5冊、自分自身を考えるものとして「北欧神話」関連図書を3冊、北欧ミステリ小説4冊を紹介させていただきます。
 皆さんは最近自分や家族や社会のことを考えたことがありますか。自分という個人、家族、社会の相互関係、家族の構成要素としての個人、社会の構成要素としての個人、家族など考え出すといろいろ複雑難解で答えの出ないことばかりですね。今回紹介させていただく5冊のうち一冊でも読んでいただき、高福祉国家が現代社会で直面している問題、高福祉国家だからこそ出てくる問題などを通して、これら自分、家族、社会の問題について考える機会になればと思います。
 また、現在、デンマークを始めとする北欧諸国はキリスト教の国となっていますが、中世にキリスト教が入ってくる前は、現在「神話」と呼ばれている別の宗教を信じていた地域です。宗教についても、よくわからないから避けておこう、ややこしいからやめておこう、という方が多いかもしれませんが、日本から遠く離れた「北欧」の、それも遙か昔の物語を読んで「神様」って何だろうって少し考えてみませんか。
 堅い話ばかりでも何ですので、最後に、海外ドラマなどでも最近ちょっと話題の北欧ミステリを紹介します。それぞれ長編ですが読み応えのあるミステリとなっています。
 今回紹介した本だけでなく、読書は、世界のいろいろな地域、歴史、文化に触れる機会を与えてくれますし、それによって視野や考え方が広がります。慌ただしく時間が過ぎる現代社会ですが、少し時間をかけて活字を読んでみませんか。

1.ノーマライゼーションが生まれた国・デンマーク / 野村武夫著, ミネルヴァ書房 , 2004.2 (図開架 302.3895:N811)

 「ノーマライゼーション(normalization)」という言葉をご存じだろうか。デンマークで生まれ、現在は世界的に広まっている障害者福祉の基本的な理念である。「ノーマライゼーション」とは、全人類平等の考えの下、障害者を含めた社会的弱者が存在することは自然(normal)なことであり、だからこそ、障害者も健常者も同様に扱われるべきであり、障害者を排除したり、差別したりすることが異常(abnormal)であるという考え方である。この考えが生まれたデンマークという国の医療、福祉、教育、女性の社会進出などを通してデンマークをよりよく知ることが出来る本である。

2.少子化をのりこえたデンマーク / 湯沢雍彦編著, 朝日新聞社 , 2001.12(図開架 334.33895:Y95)

 近年大きな問題となっている少子化はデンマークでも1970年代後半から進み、合計特殊出生率は80年代前半には1.37まで落ち込んだ。しかし、その後、回復し、現在では1.9程度にまで回復している。その原因として、国が出産・育児に関わる休業制度や保育所の整備を行ったこと、女性の社会進出が一般化したこと、児童の福祉を重視する家族政策がとられるようになったことなどがあげられる。本書では、これらのことを念頭に置きながら、社会における男女の関係、役割、子育て、教育、高齢者の暮らしに焦点を当てながらデンマーク社会およびデンマーク人の意識を描き出している。

3.デンマークの光と影 : 福祉社会とネオリベラリズム / 鈴木優美著, 壱生舎 , 2010.11(図開架 364.023895:S968)

 上記2冊では、高福祉国家デンマークの優れた点を中心に描かれているが、本書では、世界的な、新自由主義、ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)、市場原理を重視する流れの中で高福祉国家がどのように変わりつつあるのかを、福祉国家から福祉社会へと移行したと言われるデンマークの負の側面にも光を当てながら描き出している。デンマーク在住の著者が、現地在住のメリットを活かし、年金、移民、雇用政策、社会制度などを鋭い切り口で論じている。

4.高齢者の孤独 : 25人の高齢者が孤独について語る / ビアギト・マスン, ピーダ・オーレスン編 ; ヘンレク・ビェアアグラウ写真 ; 石黒暢訳, 新評論 , 2008.3 (図開架 367.7:K84)

 高福祉国家として知られるデンマークであるが、社会制度として高福祉が担保されているからと言って全く問題が無いわけでは無い。「シリーズ デンマークの悲しみと喪失」第一弾である本書では、充実した社会制度があるゆえに一人暮らしが出来る高齢者の内面の問題、特に「孤独」感について、25人の高齢者自身によるエッセイをまとめたものである。後に紹介する北欧神話資料に「人の喜びは人である」という一節があるが、社会的動物である人間にとって「孤独」は大きな問題である。日本の大学生である皆さんとデンマークの高齢者では文化的背景がことなるためあまりぴんと来ない部分もあるかもしれないが、同じ人間として共感出来る部分は必ずあると思います。

5.認知症を支える家族力 : 22人のデンマーク人が家族の立場から語る / ピーダ・オーレスン, ビアギト・マスン, イーヴァ・ボーストロプ編 ; ヘンレク・ビェアアグラウ写真 ; 石黒暢訳, 新評論 , 2011.2 (図開架 493.75:N714)

 ここ数年、僕自身の周辺でも親の世代での認知症がよく話題に出るようになりました。日本では65歳以上の人の7%程度が認知症であると推計されています。デンマークでも同程度の比率で認知症の人が存在しています。日本の高齢者福祉はデンマークを始めとする北欧諸国の先進的な制度を参考に取組が進められてきていますが、精神的ケアなど制度だけで担えない部分がどうしても残ります。その部分は家族が支えているのです。これはデンマークでも日本でも同じかと思います。この本は、その家族の支えを「家族力」ととらえ、自分たち家族のことがわからなくなる悲しみの中、認知症の父や母を支えている22人のデンマーク人のエッセイをまとめた「シリーズ デンマークの悲しみと喪失」第二弾です。今後、日本は超高齢化社会になる言われています。その日本社会を将来的に支える大学生の皆さんに是非読んでいただきたいと思います。

6.北欧神話 / 菅原邦城著, 東京書籍 , 1984.10(図開架164.389:S947)

 「北欧神話」という言葉を聞かれたことはあるだろうか。最近、アニメ、ゲーム、映画、小説などでソール(トール)、フレイ、ロキを始めとする北欧神話の神々の名前が登場するものが増えてきているので、これらの名前をご存じの方は多いかもしれない。本書は、これらの神々が登場し、活躍した北欧神話世界について原資料に基づき解説したものである。世界創造、神々や巨人、世界滅亡について詳しく説明されており、北欧神話研究の入門書として最適の一冊である。

7.北欧神話物語 / K・クロスリイ‐ホランド著 ; 山室静, 米原まり子訳, 青土社 , 1991.9(図開架164.389:C951)

 この本は、「北欧神話」の原資料である古ノルド語(古いアイスランド語)で書かれたエッダやサガに基づき、著者が物語形式で神話世界を語り直したものである。主神であるオージンを始めとして、ソール(トール)、フレイ、ロキなどの神々や巨人の活躍が描かれており、読み進めていくについて北欧神話全体像が見えてくる。また、後半には北欧神話ノートとして各作品の解説もついていて、北欧神話研究書としての側面も持ち合わせている。

8.北欧神話 / H・R・エリス・デイヴィッドソン著 ; 米原まり子, 一井知子訳, 青土社 , 1992.9 (図開架 164.389:D252)

 本書は、考古学資料、文献資料を用いて北欧神話の神々、巨人の特徴を分析している。研究書でもありながら、詳細な資料分析から描き出される世界は、まさに北欧神話の神々が信じられていた当時の光景を浮かび上がらせている。また、最終章はキリスト教への改宗という古代北欧社会が直面した大きな問題を扱っており、古代北欧人の世界観であり「宗教」でもあったものが、キリスト教社会に於いて「神話」に変わっていく過程が描かれている。

9.特捜部Q : 檻の中の女 / ユッシ・エーズラ・オールスン著 ; 吉田奈保子訳, 早川書房 , 2011.6(図開架 949.73:A237)

 コペンハーゲン警察に新設された「特捜部Q」。ここは、未解決の重大事件を専門に扱うという重要部署であるにもかかわらず、その実態は他部署の予算獲得・維持のための組織再編で設置されたものであり、部屋は地下室、カール・マーク警部補一人と怪しげなシリア人アサドの2人しかいない。しかし、この組織からはみ出したカールとアサドのコンビが独自の捜査手法で女性国会議員失踪事件の真相に迫る物語である。緻密な情景描写がストー展開、謎解きをさらに面白くしてくれている。デンマーク警察を舞台としたミステリシリーズの第一弾である。

10.特捜部Q : キジ殺し / ユッシ・エーズラ・オールスン著 ; 吉田薫, 福原美穂子訳, 早川書房 , 2011.11(図開架949.73:A237)

 カール・マーク警部補とアサドのコンビによるデンマーク警察ミステリの第二弾。デンマークのエリート社会の裏側の問題をあぶり出し、過去の犯罪の真相に迫る物語である。新しい新人アシスタントも加わり、ストーリー展開の妙もさらに増している。

11.特捜部Q : Pからのメッセージ / ユッシ・エーズラ・オールスン著 ; 吉田薫, 福原美穂子訳, 早川書房 , 2012.6(図開架949.73:A237)

 同じくデンマーク警察ミステリの第三弾。

12.湿地 / アーナルデュル・インドリダソン著 ; 柳沢由実子訳, 東京創元社 , 2012.6(図開架 949.53:A743)

 日本では珍しいアイスランド作家によるミステリ。単純な殺人事件と思われたものが、捜査を進めていく中で新たな事実が次々と見つかり、予想もしない展開となっていく。このミステリでのキーワードは「DNA」。大西洋に浮かぶ島国で長年にわたって異民族の流入も極端に少なく、かなりの国民が家系図をさかのぼれるアイスランドでは、かつて全国民のDNAを調査し遺伝的要素を医療に役立てることを計画していた。そのアイスランドならではのミステリである。