黒田先生(時間がありあまっている~)

 

時間がありあまっている(ように思える)人への濫読のすすめ         

           黒田智先生(人間社会学域-学校教育学類)

 

 この読書案内に特段のテーマはありません。大学生のころって,それなりにいろいろ悩みをかかえていて,いつも下を向いて歩いていた気がします。かといって,けっして真面目な学生ではなかったので大学にはろくに行かず(大学の授業はつまらなかった!),時間は無際限にありあまっているように思えたので,日がな一日(しばしばお酒を片手に)本を読んですごしていました。そういう日々を思い返しながら書いた読書案内です。
 時間がありあまっている(ように思える)大学時代に濫読をお勧めします。なにを読んでもいいと思います。今,学んでいる専門分野にこだわらず,自分の心の触角で感知できるものの射程を確認しながら,関心の裾野を広げていってください。

 

 

※黒田先生の紹介文に記載されているおすすめ本は81点ありますが,そのうち17点を展示しています。全リストは以下のpdfをご覧ください。
 
1)熊をめぐる冒険

 ■熊を放つ/ジョン・アーヴィング著 ; 村上春樹訳, 中央公論新社 , 2008.5 
   1巻(中央図開架; 933:I72:1) 2巻(中央図開架; 933:I72:2)
   ■熊から王へ/中沢新一著, 講談社, 2002.6(中央図開架; 164:N163)

 ジョン・アーヴィング『熊を放つ』(中公文庫,1996年)は,村上春樹訳の青春小説です。動物園襲撃のはてに最後に解き放たれた熊とは何でしょうか。
 この地球に生息する動物のなかでもっとも偉大なものは,たぶん熊です。古来,熊は神で,人間と自然の対立を止揚し,均衡を担保してきました。中沢新一『熊から王へ』(講談社メチエ,2002年)は北アメリカの狩猟民たちの神話から王と国家の出現をひもとき,ベルント・ブルンナー『熊』(白水社,2010年)は熊と人間の共生の歴史を語ります。宮沢賢治『なめとこ山の熊』(『宮沢賢治全集』7,ちくま文庫,1985年)は人間と自然の対称性(交換)をめぐる寓話で,川上弘美『神様』(中公文庫,2001年)と『神様2011』(講談社,2011年)もまた,福島原発事故をはさんでふたつの熊=神さまの物語をつむいでいます。
 アメリカ民謡「森の熊さん」の原詞は実は熊から逃げるばかりで,一緒に踊ったりはしません。    安東みきえ『頭のうちどころが悪かった熊の話』(新潮文庫,2011年)は恐妻家の熊の記憶喪失の物語。吉村昭『羆嵐』(新潮文庫,1982年)に戦慄するのも,舞城王太郎『熊の場所』(講談社文庫,2006年)の壮絶な死闘に鳥肌を立てるのもいいでしょう。あるいは,アニメ『ユリ熊嵐』(2015年)を観て,「断絶の壁」を乗り越え,「ともだちの扉」をたたいてみるのもいいでしょう。
2)洪水の記憶

  ■壜のなかの手記/エドガー・アラン・ポー 著, 富士川義之訳国書刊行会,
    1989.3 (中央図開架; 933:P743)
    ※「盗まれた手紙」(バベルの図書館 / J.L.ボルヘス編 ; 11)中に,
     「壜のなかの手記」が含まれている。

 残雪は,日本ではほとんど無名といっていい作家ですが,魯迅以来の絶望と希望を描く中国現代文学の穎才です。デビュー作『黄泥街』(河出書房新社,1992年)は,大量の水と糞尿に満ちあふれた黄色い街に蠢く群像劇で,その文学的想像力に圧倒されます。
 東日本大震災で津波に呑みこまれる街の光景を鮮明に記憶している人も少なくないでしょう。人は水への豊かなイマジネーションをいだき,洪水をテーマとする数多くの書物がつくられてきました。篠田知和基・丸山顕徳編『世界の洪水神話』(勉誠出版,2004年)は,世界各地の洪水神話と水没譚を一望できます。エドガー・アラン・ポー『壜のなかの手記』(『ポオ小説全集』1,創元推理文庫,1974年)は,漆黒渺茫たる大海の抗しがたき海流に呑みこまれる体験をつづった手記。宮崎駿の映画『崖の上のポニョ』(2008年)だって,高潮による大量の死を背景にした物語です。いしいしんじ『ポーの話』(新潮文庫,2008年)や『みずうみ』(河出文庫,2010年),小野正嗣『水に埋もれる墓』(朝日新聞社,2001年)は,ひたひたと静かに迫りくる水の記憶を感じさせる物語です。結城正美『水の音の記憶』(水声社,2010年)を読んで,かつていたはずの胎内に流れる水の音にも耳を澄ませてみましょう。
                   
3)現代というディストピア

    ■虚構の時代の果て/大澤真幸著, 筑摩書房, 2009.1 (中央図開架; 169.1:O81)
  ■リトル・ピープルの時代/宇野常寛著, 幻冬舎, 2011.7  (中央図開架; 361.5:U58)

 日本社会におこった大事件のあとには,かならずそれらの歴史的意味をわかりやすく説明してくれる良書が生まれるものです。1995年の阪神淡路大震災・地下鉄サリン事件なら大澤眞幸『虚構の時代の果て』(ちくま学芸文庫,2009年),2001年9月11日のアメリカ同時テロなら中沢新一『緑の資本論』(ちくま学芸文庫,2009年)をお薦めします。コンピュータとAI,シンギュリティ(技術的特異点)の未来についてなら,とりあえず落合陽一『魔法の世紀』(PLANETS,2015年)を一読されたらいいと思います。
 今から7年前の2011年3月11日14時46分におこった東日本大震災なら,いとうせいこう『想像ラジオ』(河出文庫,2015年)とともに,宇野常寛『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎文庫,2015年)をお薦めします。超大国アメリカというビッグブラザー(大いなる父)が消滅したのち,シンゴジラを倒すのはもはや自分たちだけ。残されたリトルピープル(村上春樹『1Q84』新潮文庫,2012年)の時代を,平成仮面ライダーの歴史から読み解く日本文化論です。
 2010年代はディストピアの時代でもあります。人類の来し方行く末が気になる人は,ジャレド・ダイヤモンド『第三のチンパンジー』(草思社文庫,2017年)や吉川浩満『理不尽な進化』(朝日出版社,2014年)を一読ください。多和田葉子『献灯使』(講談社,2014年)や村田沙耶香の『消滅世界』(河出書房新社,2015年),さらには川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』(講談社,2016年)なんかを読んでみると,未来の日本の身の毛のよだつほど恐ろしい「楽園」の姿をみることができます。もう少し刺激を受けたいなら,吉村萬壱『クチュクチュバーン』(文春文庫,2005年)まで読んでみましょう。
                            
4) 愛と世界の語り方

  ■好き好き大好き超愛してる/舞城王太郎著, 講談社, 2008.6
         (中央図開架; 913.6:M218)
    母の恋文/谷川徹三, 谷川多喜子著 ; 谷川俊太郎編, 新潮社, 1994.11 
         (中央図開架; 915.6:T164)

 愛の語り方はいろいろです。世界の中心でも(片山恭一『世界の中心で,愛をさけぶ』小学館文庫,2006年),片隅でも(こうの史代『この世界の片隅に』,映画は2016年),セカイ系の代表作である新海誠の映画『君の名は。』(2016年)に涙してみてもいい。SEKAI NO OWARIの「眠り姫」を口ずさみながら,膵臓を食べてみるのもいいでしょう(住野よる『君の膵臓をたべたい』双葉文庫,2017年)。青春真っ盛りの君には,舞城王太郎『好き好き大好き超愛してる』(講談社文庫,2008年)や村上春樹『ノルウェィの森』(講談社文庫,2004年),やや大人のあなたには,平野啓一郎『マチネの終わりに』(毎日新聞出版,2016年)や島田雅彦『美しい魂』(新潮文庫,2007年)を。エッチな君には,林あまりの歌集『ベッドサイド』(新潮文庫,2000年)で衝撃をうけ,日高敏隆・竹内久美子『ワニはいかにして愛を語り合うか』(新潮文庫,1992年)で動物たちの愛情表現に学び,田中貴子・田中圭一『セクシィ古文』(メディアファクトリー新書,2010年)で古典を勉強してみてください。
 でも,どれか一冊といわれたら,谷川俊太郎『母の恋文』(新潮文庫,1997年)をお薦めしたい。詩人谷川俊太郎を生んだ谷川徹三と多喜子の書簡集。大正10年(1921)から結婚するまでのおよそ2年間,537通におよぶ父母の恋文にこめられたうそいつわりない想いを,100年後のわたしたちはどう受けとめたらいいのでしょうか。君も大切な人に手紙を書いてみたくなるはずです。
5) その一瞬をとらえる

  ■尋ね人の時間/新井満著( 芥川賞全集 14巻), 文藝春秋, 2006.5 
      (中央図書庫; 913.68:A315:14)
    三人の女 ; 黒つぐみ/ムージル作 ; 川村二郎訳, 岩波書店, 1991.4
      (中央図開架; I948:M987)

 葛飾北斎「富嶽三十六景」のひとつ,「神奈川沖浪裏」に描かれた白く砕け散る波濤は,ハイスピードカメラで撮影された飛沫に似て,その一瞬をとらえた絵画といわれています。新井満『尋ね人の時間』(文春文庫,1991年)もまた,刹那の美しさを切りとった優品。空井戸から吹き上げる一陣の風に,死んだはずの蝶がふたたび舞い,よみがえる一瞬。そこに生と死の世界が交錯します。
小川洋子『バックストローク』(『まぶた』新潮文庫,2004年)は,期待されていた背泳ぎの競泳選手だった弟の左腕が枯れ枝のように折れて水面に漂う瞬間を描いて美しい。永井龍男『一個』(『一個;秋その他』講談社文芸文庫,1991年)では,おくるみから赤ん坊の柔らかなくびれた手首が,まるで日光をもとめて茎を伸ばした花のように力強く伸び上がる一瞬が美しい。川端康成『日向』(『掌の小説』新潮文庫,1971年)では,祖母との記憶を呼び覚ました砂浜を染める秋の日差しがまぶしい。
『特性のない男』で知られるドイツ人作家ロベルト・ムージルの短編『黒つぐみ』(『三人の女・黒つぐみ』岩波文庫,1991年)は,何気ない日常にあらわれた黒つぐみのささやき,北イタリア戦線で聞いた飛箭の音をとらえ,神なるものとの邂逅に心ふるえる瞬間に出会えます。あなたにも「トカトントン」(太宰治『ヴィヨンの妻』新潮文庫,1950年)は聴こえますか。

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