工学的観点からの地震防災への取り組みと本

 

北浦 勝先生(理工研究域-名誉教授)

 

 最近は忘れないうちに自然災害があり、豪雨や台風、斜面崩壊、地震などで多くの命や財産が失われている。私は地震防災に興味を持ち、どうしたら地震に強い構造物が造れるかを研究し、70有余年の馬齢を重ねた。まずどんな構造物がどういう理由で壊れ、どんな構造物がどういう理由で壊れなかったのかを知るために、国内外の震害調査報告書を読み、場合によっては現地へ飛び実地調査をした。しかしついつい大きく派手に壊れているところへは行くが、壊れていないところへはあまり行かず、あとで後悔したこともあった。一方、構造物の破壊には地盤の良し悪しや地震動の強さや振動数特性も関係することから、これらのデータを収集することも大切である。同時にどういう工夫をすれば被害が軽減できるかを実物実験や模型実験で、また電算機によるシミュレーションで明らかにしようとした。

 

 防災や耐震など工学の基本の基(き)は数学である。理系のみならず文系(の一部)にも必須であり、数学は問題解決のための一つの武器である。その昔、大学の4年生になり卒業研究をする段になって先輩から「寺寛(てらかん)の数学概論【1】は便利。よくわかる」と言われ、ゼミで勉強した。大学教員になってからもたまに読み直し、授業中に「寺寛の81ページによると」など数学の一部しかかじっていないのに、偉ぶって箔をつけるために寺寛の名前を出したこともある。数学に立脚して理論を組み立てると、多くの人に理解してもらいやすいし、きれいでもある。わたしも大学の1、2年生に工学の基礎として、線形代数や微分積分、確率論などの数学を勉強した(ことになっている)。今、ご縁があって日韓理工プログラムで金大に留学する韓国の学生に線形代数【2】や微分積分【3】を教えている。現役の教員が忙し過ぎるからか、数学の専門家でもないロートルがボランティアで担当している。教えて分かったことは学生時代には数学の中身がよく分かっていなかったことである。数学は奥が深い。授業の予習に当たってあれこれ考えると、頭の中の錆がひとりでに剥がれ落ちるような気がする。75歳になって初めて頭の芯で理解できたことがある。ボケ防止にはぴったりの学問である。

 

【1】自然科学者のための数学概論. 増訂版改版 / 寺沢寛一著,岩波書店, 1983.5( 中央図開架410:T315)

【2】線形代数概説 / 内田伏一, 浦川肇共著,裳華房, 2000.10( 中央図開架411.3:U17)

【3】基礎微分積分学. 第3版 / 江口正晃 [ほか] 共著,学術図書出版社, 2007.1( 中央図開架413.3:K61)

 

 地震は地面をゆすり構造物に振動を与えるから、振動論もこの分野の基本科目である。地震に対する応答を考える場合は、線形(構造物にかかる力と応答が比例する範囲)振動だけではなく、非線形(比例しない範囲)振動も考慮する。地震は必ずしもきれいな正弦波でなくランダムな波形であるから、ランダムな地震力に対する応答も取り扱わなければならない。これらの状況を数学的に表す必要があり、このとき役に立つのがニュートンの運動方程式である。ニュートン力学は古典力学と呼ばれているが、実構造物などを対象にする限り、この力学によって得られる式が基本にして重要な式である。この式を解けば、地震や風に対する建物や橋の応答、水道管やガス管などの地中埋設管路の地震応答が出る。振動に関する専門書は数多く発行されているが、構造物の耐震分野では小坪清眞の入門建設振動学【4】、小堀為雄の応用土木振動学【5】、岡本舜三の構造物設計法【6】などがわかりやすく、しかも奥深いところまで説明している。教科書は一般に多くの先人の業績を巧妙にまとめているが、その分野の進展において議論の転換点となるような業績が著者の業績であれば教科書の持つ重みが違ってくる。そういう本の一つが土岐憲三の構造物の耐震解析【7】である。行間が深くて、著者の表そうとしている真意を汲み取るのに時間がかかる。専門の基礎としてはこのような教科書がベストであると思う。

 

【4】入門建設振動学 / 小坪清眞著,森北出版, 1996.1(自然図自動化書庫501.24:K87)

【5】応用土木振動学 : 構造物の振動と耐震設計. 改訂版 / 小堀為雄著,森北出版, 1982.5( 中央図開架501.24:K75)

【6】地震力を考えた構造物設計法. 第4版 / 岡本舜三著,オーム社, 1985.4( 中央図開架524.91:O41)
【7】構造物の耐震解析 / 土岐憲三著,技報堂出版, 1981.4(自然図自動化書庫510.8:S556 11)

 

 地震や風は時間とともにランダムに変動する力であるから、構造物の応答も振幅や振動数がランダムに変動する振動になる。ランダムな応答をどのように設計に結び付けるかは厄介な問題である【8】。すべての地震に対して計算はできないから、ここから先は確率論のお世話になる。例えば応答の最大値がわかればよい場合もあれば、何回揺れるかが問題となる場合もあろう。これを考えるときに確率論が役に立つ。

 

【8】構造動力学の確率論的方法 / Y.K.リン著 ; 森大吉郎 [等] 訳,培風館, 1972( 自然図自動化書庫501.34:L735)

 

 これらの本は今読み返しても役に立ち、理解しようとして苦労した日々を思い出す。現役の学生諸君には教科書として使用している本が愛着もありベストの本となろうから、上にあげた本にとらわれることはない。