成瀬正居日記
幕末から明治にいたる動乱の時代を生きた金沢人,成瀬正居(なるせ まさすえ)(1828-1902)の日記。虫損が激しく長い間利用できない状態だったが,1996年度から3年計画で修復作業を行ったもの。旧四高蔵書。
加賀藩士成瀬正居が天保14年(1843)満15歳から明治34年(1901)満73歳まで記した日記。全57冊。本来は71冊から成り,天保9年(1838)から書き始められた。表紙に墨で書かれた番号が元の通し番号で一部(1-6上,7,8,23,19下,46-49)欠番。朱書の通し番号(1-56)は寄贈時に書かれたものと思われる。内容は,交際,授業など日々の生活の他,勤務や金沢城下の事件,旅行記等も含む。
■全文
金沢大学資料館ヴァーチャル・ミュージアムで公開
http://kuvm.kanazawa-u.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&index_id=57&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&page_id=17&block_id=16
■成瀬正居について
成瀬正居は加賀藩士で禄高2,500石,人持組に属す。通称は主税(ちから),甚五,子美,号は松窩。文政11年(1828)4月23日出生,安政元年(1854)に家督相続し,定火消役(1854年),壮猶館御用主附(1855年),小松御城番(1856年),魚津在住(1857年),越中泊在番(1862年),寺社奉行(1863年),御近習御用(1867年)等を歴任。明治維新後は,金沢藩権少参事(1869年),石川県学務課(1874年),白山比咩神社禰宜(1882年),明治35年10月4日死去,享年75歳。歌学に優れる。
■由来
大正14年(1925)6月25日,著者成瀬正居の子孫成瀬桓より全57冊が旧制第四高等学校に寄贈される。四高閉校後,金沢大学附属図書館へ移管。
■参考文献
川口法男「成瀬正居日記修復資料一切」(『金沢大学資料館紀要』1,1999年)
金沢大学附属図書館,金沢大学資料館編(1999)『金沢大学創立50周年記念展示「蔵書展金沢大学の源流」』