孤独な君へ

 

瀧 健太郎先生(理工研究域フロンティア工学系)

 

 

 他人と会話することさえ咎(とが)められるコロナ禍で孤独な学生時代を過ごしている君たちに,本という私の友人を紹介します。

 

 ここに紹介する本は,私が寝る前に読んでいる睡眠導入剤のような趣味の本です。私の研究分野や専門性とはかかわりが少なく,一般向けに書かれたものばかりです。ジャンルもばらばらで一貫性はほとんどありません。どの本も記憶に残る一節があり,私の人生に少なからず影響を及ぼしたものばかりです。その一節を紹介するとネタバレになりますが,その一節を述べないと面白さが伝わらないですので,自分の友人を紹介するように注意深く紹介文を書きました。

 

 ところで,おしゃべりをしながら本を読むことは普通の人にはできないものです。誰しも本を読むときは孤独になります。また,SNSの動画や講義動画と違って,勝手に進んではくれません。ページを繰(く)り,読み進めるか,あきらめるか,孤独な人間のその小さな葛藤が読書というものだと思います。

 

 これから先の学業や就職活動,恋愛,結婚,子育て,仕事,転居,転職などさまざまな,めんどくさい葛藤があなたに訪れます。気が向いたときに読書をすることで,人生の転機が訪れたときに進むべきか,あきらめるべきか,自分の人生に向き合う術(すべ)を養ってみてはいかがでしょうか。

 

 

1.『オリガ・モリソヴナの反語法』 / 米原万里著, 集英社, 2005.10, (中央図開架913.6:Y55)  ▼推薦文を読む

 ある友人に紹介されて読みました。米原万里氏がチェコのプラハ・ソビエト学校で十代を過ごし,オリガ・モリゾヴナ(女性)にダンスを教わります。その後,日本に帰国して,再びロシアを訪れ,オリガ・モリゾヴナについてモスクワなどを回りながらその人生を調べていく小説です。結末迄の疾走感がきもちいい。本の末尾に掲載されている亀山郁夫氏の解説が秀逸です。まずは,この解説からお読みになり,本文を読んでください。そこには,「オリガ・モリゾヴナは,二十世紀ロシアに生きた心ある知識人,アーティストの総体的なシンボルである。そして反語法(ないし,僕流にいう二枚舌)とは,彼らの良心がひそかに生き延びるための最後のよりどころであり,その,小さく尖った舌先こそ,全能のスターリン権力が死ぬほど忌みきらい,恐れ続けた力だった。」とあります。ウクライナに侵攻しているロシア人の内面を知るのによい本です。


2.『死してなお踊れ』 / 栗原康著, 河出書房新社.2019.6, (中央図開架188.692:K96)  
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 なんというかすごい本です。マルティン・ルターつながりで,この本を手に取ったのだけど,一遍上人の「いくぜ極楽,なんどでも」。他力の信仰を極めた果てに家も土地も,奥さんも子どもも,全部捨てて一遍は踊り狂った。こんな風に生きてみたいものだ。読後感は,フオオオオオオオオオオです。読書ハイになりたい方,どうぞ。


3.『マルティン・ルター 』 / 徳善義和著, 岩波書店, 2012.6, (中央図文庫・新書S198.385:T646)  
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 いま,インターネットの普及でデータに関する民主化,「誰でもデータにアクセスでき,独自のアルゴリズムで解析できるようになること」,が起きています。それで,これってルターの時代の宗教改革に似てないか?ということで読みました。ルターはそれまでのラテン語訳の聖書を使うのをやめて,古典ギリシャ語で書かれた聖書を彼の母国語であるドイツ語に翻訳して出版しました。これにより庶民が口語で聖書の内容を知ることができるようになり,神の教えについて具体的に知ることができるようになりました。それまでは教会に行って意味の分からないラテン語での説教を聞かされ,地獄に落ちると脅されて免罪符を買わされていた庶民が自分たちが理解できる言葉で神の教えを知ることができるようになったこと。これがルターがしたことですとこの本は教えてくれます。この本からはキリスト教的価値観というものを垣間見ることができます。そういえば仏教の経典も何が書いてあるかはよくわからないな。


4.『白鯨』 / メルヴィル作 ; 八木敏雄訳, 岩波書店, 2004.8-2004.12, (中央図文庫・新書I933:M531)  
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 日本の捕鯨がなぜ海外から批判されるのか。また細田守監督作品にくじらがよく出てくる理由を知りたくて,この本を読みました。いわゆる知的ごった煮です。捕鯨船とクジラの解剖学に詳しくなれます。最初は,船が出航する前の話なので,なかなか進まないのですが,船に乗って,出港すると,主人公の博識が次々と開陳されて,船での生活,クジラとり,他の捕鯨船との接触など,興味深いです。時代は幕末ですので,ペリー来航が文中に出てきたりします。上,中,下巻とありまして,まだ下巻の読み途中ですので,結末はわかりません。その当時の西洋人が鯨をどのように見ていたのか,考えていたのか,そういったものを感じ取ることができます。


5.『推し、燃ゆ』 / 宇佐見りん著, 河出書房新社, 2020.9, (中央図開架913.6 U84)  
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 本屋大賞受賞ということで読みました。高校生のときから物語はじまり,高校を卒業してアルバイトをしていた女性が主人公で,男性アイドルの推し活の顛末を描いています。おじさん目線でこの本を読んでいると,現代における普通の女子(特に容姿がよくもなく,特にやりたいこともなく,特にとりえもない女の子)の生きづらさを感じてしまいます。女子であるがゆえんの呪縛というか。読後感はそれほど気持ちの良いものではないのですが,女子学生のメンタルを垣間見る良書でした。


6.『ESG思考』 / 夫馬賢治 [著], 講談社, 2020.4, (中央図開架519.13 F976)  
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 ESG投資とは何だろうという問題意識をもって手にした本です。世の中にはとんでもない金持ちがいて,膨大な金で株式市場を操作して世界を支配している!なんていうデマゴーグを信じている人は多いと思います。しかし,現実の世の中で世界の株式市場や株式上場企業を支配しているのは,君たちのご両親の年金(GPIF)などの庶民の金融資産をかき集めて運用している運用機関なんだと,思い知らされます。そして,そのような運用機関は,運用方針や運用結果について顧客に対する説明責任があります。必然的に投資先に対して,透明性と持続性を求めてきます。ESGとは環境・社会性・統治の頭文字からできており,これらについてしっかりと配慮した経営を行っている株式会社が透明性と持続性を有しており,投資対象として的確であると判断されます。世の中の仕組みがわかる良い本ですよ。


7.『稲盛和夫の実学』 / 稲盛和夫著, 日本経済新聞社, 2000.11, (医学図北陸銀行文庫H336.8 I35)  
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 ある国際会議に出席するために空港で立ち寄った書店で,なんとなく手にした本です。この本は稲盛経営の本質である「アメーバ経営」ができるまでの過程について,自身の生い立ちから京セラ経営の黎明期から今日に至るまでの発展の経緯が書かれています。理系経営者が会計担当者と激論を重ねながら会計とは何か,経営とは何かの本質を学んでいきます。特に,減価償却について,会計の常識と現場の感覚がずれていることを稲森氏が指摘して,会計担当役員と議論するところが面白い。他にも値決めや予算計画ついて学ぶことが多い本です。ベンチャーを始めたい人にお勧めです。会計の最小単位やミクロ経済学,損益計算書,バランスシートなどを体験的に学べます。


8.『ポアンカレ予想』 / ジョージ・G. スピーロ著 ; 鍛原多惠子 [ほか] 訳, 早川書房, 2011.4, (自然図2F一般図書415.7 S998)  
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 私は数学が趣味ですので,一般向けの数学の本を読むのは好きです。私は数学を研究対象にすることは残念ながらできませんでした。私にとって数学者は常にあこがれの存在で,アッチの世界の人です。Wikipediaによると,ポアンカレ予想とは,単連結な3次元閉多様体は3次元球面 S3 に同相である。なんのこっちゃわかりませんね。私もわかりません。数学の証明に人生をかけた人たちの人間模様を描いたサイエンス・ノンフィクションとして読みごたえがあります。数式なんか出てきません。ペレルマンは証明を載せた論文をインターネットに掲載した後に姿を消してしまいます。ポアンカレ予想を研究していた研究者はペレルマンの証明に3回驚いたそうです。まず,証明ができたことに,二回目は,無名の数学者が解いたことに,そして三回目は,ペレルマンが証明に使ったテクニックは,物理学のそれも熱力学の考え方であったというところが,お~!!!となるほどに感動的でした。


9.『宇宙と宇宙をつなぐ数学』 / 加藤文元著, KADOKAWA, 2019.4, (中央図開架412 K19)  
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 数学が趣味の続きです。京都大の望月新一先生がABC問題を解く際に使ったのか,構築したのか,それさえもわからないのですが,その数学理論が宇宙際タイヒミュラー理論(IUT)なのだそうです。宇宙と宇宙をつなぐとありますが,ワームホールの話ではなくて,まったく違うルールで成り立っている世界をどうやって矛盾なくつなぐか,ということを足し算と引き算の世界で説明しています。たぶん。著者の加藤先生の文章はとても分かりやすいうえに,人間臭くて魅力的です。加藤先生や望月先生の数学者の人間的なところがとても好きです。


10.『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』 / 岩崎夏海著, ダイヤモンド社, 2009.12, (中央図開架913.6 I96)  
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 「もしドラ」ブームで読みました。ドラッカーのマネージメントをわかりやすく物語風に書いた本です。高校野球のマネージャーがドラッカーのマネージメントを読んで実践すると,高校野球チームが強くなったぜ!という安直な感じです。書名を省略して,「もしドラ」,として有名になりました。ドラッカーのマネージメントは読むのがしんどくて,かつあんまりおもしろくないのだけど,このもしドラはテンポが良くて,具体的に高校野球チームのイメージがわくので,「お!これならできそうだ」と感じさせてくれるほどのわかりやすいです。ドラッカーのマネージメントでも,もしドラにおいても,読んでいてわかることは,マネージメントとは人なのだと。まわりを巻き込んで,仲間を増やして,組織を束ねていくことで大きな仕事ができるようになる,こういうことを学ぶことができますね。

 

 

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